きょうは、レンダさんがイベントされるというので、deepな仕事のあと、平井のあるとべんり~に行きました。お客さんいっぱい。そういえば照明がなかなか良いところ。 スモークを浴びて、ヒコさんもイトウさんもなぜかかっこよく見え(←失礼)、じつはお誕生日のハコさんもなんかツヤツヤしてました。ステージはふたりの信頼関係が現れていて、作品としてはセンシティブな作品が多い中、ステージの雰囲気はあったかいものがありました。どっしりとしたものを感じました。 あと、ハコさんの動きとヒコさんのキイボードの動きがシンクロしてましたね、ふふふふ。 創作する男女二人が結婚して、そのうえ創作意欲を保ち続けるというのは、ほんとうに凄いことだなあ~と思います・・・わたしだったら別れちゃいそうだ・・・なんて、言うべきでないことを言ってしまい、おおいに反省。ごめんなさい。 たのしい夜をありがとうございました。 ★ ここからさきはまとまらぬことを書きます。 関係性が人の思いに及ぼす影響について、このところ、すごく考えているのです。夫婦だと名づけられた瞬間、深いところで壊れるものや変化するものが、あるのではないか。夫婦にとどまらず、恋人だと認識しあった瞬間に、あるいは親子だと決まった瞬間に、そのきつい紐帯のありように、耐え切れぬ何かが、内面にあるのではないか。 どんな関係であれ、他人がともに生活するというのは、きついことだと思います。同居には毒もあります。関係性には栄養と毒がある。親子なんて、栄養かつ毒の最たるものではないか。そんな毒を浴びないと生存すら出来ないことが切ないものですね・・・。100円ショップのレジで妻に怒鳴るおじいちゃんを思い出します、関係性という名の毒を、撒き散らしているのかしらと思います。同居は、ありがたいことも、よろこびもありますが、毒もあって、くるしい、同居はうるさくて、侵入的で、圧倒的で・・・・・ときどき同居の毒に負けてしまい、つねに同居人の存在が内在化されていて、きりかえがむずかしい自分にいらだったり、自分の役立たなさに逆ギレしたりしてしまいます。 それなら、自分ひとりで生きよう!となると、お料理くらいできないといけませんね。 というわけで最近のお料理画像をはりつけておきます。 もやし×ゆび×めだま。どんな味だったか・・・忘れてしまいました。 これは、林檎を煮たのがあって、オニギリにそれを入れたらどんな感じだろうか?おはぎみたいな感じだろうか?と思って作ってみたものです。ご飯の味と林檎の味がしました。 ♪